株式会社エナテックは、農業機械や建設機械に使われる精密金属部品の加工をはじめ、
電子機器向けの放熱部品、医療機器関連製品、FA(工場自動化)設備などを手掛ける、
大阪のものづくり企業です。
そんな老舗企業の長男として生まれた榎並幹也さんも、
周囲から見れば、「いずれ家業を継ぐ人」だったはずです。
しかし、本人は最初からその道を選んだわけではありませんでした。
遠回りの先で見つけたやりがい。
中学時代、父に勧められた地元でも有名な進学校に進んだものの、勉強熱心な周囲との温度差に苦しみました。高校は、父の期待に応えて選んだからこそ、その先は自分で決めたい。高校3年の夏、榎並さんは一人でオーストラリアへ渡ります。
「英語は苦手でした。でも、ボディランゲージも含めて考えたら、意外と通じるんですよ。」
その後、再びオーストラリアに渡航して、現地の大学に進み、苦手だった英語も克服。そのまま現地での就職も考えていましたが、在学中に祖父が亡くなり、すぐに帰国できなかったことをきっかけに、日本へ戻ることを決めます。
帰国後は家業を継ぐことも視野に、近畿職業能力開発大学校でものづくりを学びながら、塾講師のアルバイトを始めました。
「そのときに自分はものづくりの現場の仕事はあまり向いていないと気付きました。でも、塾なら自分の挫折した経験も含めて進路に悩む子供たちの役に立てると思ったんです。」
やりがいを感じた榎並さんは、大学校を卒業したあと、そのまま塾に就職しました。家業を継ぐ気持ちには、まだなれませんでした。
弟の一言が、背中を押した。
エナテックに入る決断を後押ししたのは、父親ではありませんでした。先にエナテックへ入社していた弟さんです。ある日、会社の現状や課題について話す中で、弟さんはこう言いました。
「もし一緒にやってくれるなら、やりたい。でも、兄ちゃんが他にやりたいことがあるなら、それでいい。」
無理に誘うのではなく、「助けてほしい」と迫るわけでもありませんでした。でも、その言葉が、かえって榎並さんの心に残りました。
「弟には、すごく義理があると思っているんです。僕がすんなり家業を継いでいたら、弟はもっと自由に道を選べたかもしれない。それなのに、自分が迷っている間に、先に会社へ入ってくれた。あの一言がなかったら、エナテックには入っていなかった。」
榎並さんは、そう言い切りました。
弟の一言が、迷い続けていた自分の背中を押してくれたと話す。
人が変われば、会社は変わる。
入社したばかりの頃、榎並さんは会社に小さな違和感を覚えました。
「挨拶しても、あまり返事がなかったり。正直、雰囲気は暗かったように思います。」
そんなある日、「人が集まらない」という会社の課題を耳にします。
「自分に会社を変えるチャンスがあるんじゃないかと思ったんです。」
入社半年ほどで採用を任されると、採用会社とも相談しながら、求人の出し方やスカウトメッセージ、採用の進め方などを一つひとつ見直していきました。
採用で大切にしたのは、学歴や経歴ではありません。
「自分とのフィーリングと、現場の責任者とのフィーリングです。配属先が決まっている採用では、必ず現場の責任者にも面接へ同席してもらっています。一番長く一緒に働くのは現場だからこそ、『この人なら一緒に働きたい』と思えるかどうかを大切にしています。」
その結果、数カ月で60人を超える応募が集まり、7〜8人を採用。その多くが、今もエナテックで働き続けています。
榎並さんは、ものづくりの現場に自ら顔を出し、頑張ってくれている社員たちに声掛けすることを大切にしています。
少しずつ、会社が変わり始めた。
採用を続ける中で、会社にも少しずつ変化が表れ始めました。若い世代が増え、平均年齢は40代前半まで若返り、新卒採用もスタート。以前より社内の雰囲気も明るくなり、会社の空気が少しずつ変わってきたといいます。その変化を象徴する出来事が、「大阪ものづくり優良企業賞」への挑戦でした。榎並さんが自ら申請したこの賞で、エナテックは初挑戦ながら最優秀賞を受賞します。
「最初、父はあまり乗り気ではなかったんです。でも、受賞したら一番喜んでくれて。多くの社員からも『おめでとうございます』と声を掛けられました。」
けれど、榎並さんは首を横に振ります。
「自分は申請書を書いただけなんです。実際に頑張ってきたのは現場のみんなです。だからこそ思います。社員一人ひとりが、自分の仕事に誇りを持てる会社にしたい。」
それが、榎並さんが人と向き合い続ける理由です。
初挑戦で「大阪ものづくり優良企業賞」最優秀賞を受賞。「本当に頑張ったのは現場のみんな」と榎並さんは話します。
頼られる会社へ。
30年ほど前に立ち上げた半導体関連事業は、長く苦しい時代が続きました。それでも諦めずに技術を磨き続けてきた結果、現在はAI需要の高まりを追い風に、大きく伸びています。その一方で、人材の確保という課題は引き続き存在しています。
「人が欲しいと言われる部門が多くて、どこから解決していこうかと考えています。」
榎並さんが目指すのは、ただ規模の大きな会社ではありません。
「『一度、エナテックに聞いてみよう。』困ったとき、真っ先にそう思い出してもらえる会社です。」
「いずれ私たち兄弟が会社を受け継ぐことになりますが、どういう会社でありたいかという考え方は、弟とも大きくずれていません。求人を出したときに選んでもらえる会社でありたいし、お客さんにも、世の中にも選ばれる会社でありたい。」
その想いを形にするため、今は会社の理念や大切にしたい価値観を、あらためて言葉にする準備も進めています。
鉄砲鍛冶をルーツに、創業後100年以上にわたり、時代の変化に応え続けてきたエナテック。これからは、兄弟二人三脚で、その歴史に新しい一ページを加えていこうとしています。
Editor's Note
取材で印象的だったのは、榎並さんが自分を「先頭に立つタイプではない」と何度も話していたことでした。けれど、話を聞くほど、人と人との間に立ち、それぞれが力を発揮できる場所をつくってきたのは、まさに榎並さん自身なのだと感じました。頼られる会社になるために、まず人を信じる。その積み重ねが、エナテックのこれからをつくっていくのだと思います。
Profile
榎並 幹也
株式会社エナテック 経営戦略室長
江戸時代の鉄砲鍛冶をルーツに持ち、100年以上の歴史を誇る株式会社エナテックの長男。オーストラリアへの留学や塾講師としての就職など紆余曲折を経て、弟の言葉をきっかけに家業へ。現在は人事・採用を中心に、人が集まり、人が誇りを持って働ける会社づくりに取り組んでいる。